Suzin

崇神天皇

御間城入彦五十瓊殖天皇、稚日本根子彦大日々天皇第二子也。母曰伊香色謎命、

物部氏遠祖大綜麻杵之女也。天皇年十九歳、立爲皇太子、識性聰敏、幼好雄略。

既壯寛博謹愼、崇重神祇、恆有經綸天業之心焉。六十年夏四月、稚日本根子彦大日々天皇崩。

御間城入彦五十瓊殖天皇(みまきいりひこいにゑのすめらみこと)、

稚日本根子彦大日々天皇(わかやまとねこひこおほひびのすめらみこと)の第二子です。

母は伊香色謎命(いかしこめのみこと)といい、物部氏(もののべのうじ)の遠い祖先の

大綜麻杵(おほへそき)の娘です。

天皇が十九歳で、立って皇太子になりました。

鑑別の力は聰明で俊敏で、幼くしてすぐれた計略を好みました。

すでに若者になりひろくゆるやかに慎み、天地の神々を尊び重んじ、

つねに天下を統治する天皇の政治の心がありました。

六十年夏四月、稚日本根子彦大日々天皇が崩御されました。

元年春正月壬午朔甲午、皇太子即天皇位。尊皇后曰皇太后。二月辛亥朔丙寅、

立御間城姫爲皇后。先是、后生活目入彦五十狹茅天皇・彦五十狹茅命・國方姫命・

千々衝倭姫命・倭彦命・五十日鶴彦命。又妃、紀伊國荒河戸畔女遠津年魚眼眼妙媛。一云、

大海宿禰女八坂振天某邊、生豐城入彦命・豐鍬入姫命。次妃尾張大海媛、生八坂入彦命・

淳名城入姫命・十市瓊入姫命。是年也、太歳甲申。

元年春正月十三日、皇太子は天皇位に就きました。

皇后を尊び皇太后と言いました。

二月十六日、御間城姫(みまきひめ)を立たせて皇后としました。

この先、后は活目入彦五十狭茅天皇(いくめいりひこいさちのすめらみこと)・

彦五十狭茅命(ひこいさちのみこと)・国方姫命(くにかたひめのみこと)・

千々衝倭姫命(ちちくやまとひめのみこと)・倭彦命(やまとひこのみこと)・

五十日鶴彦命(いかつるひこのみこと)を生みました。

また妃は、紀伊の国の荒河戸畔(あらかはとべ)の娘の

遠津年魚眼眼妙媛(とほつあゆまくはしひめ)です。

ある書では、大海宿祢(おほあまのすくね)の娘の八坂振天某辺(やさかふるあまいろへ)と

あります。

豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)・豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)を生みました。

次の妃は尾張の大海媛(おほあまひめ)で、八坂入彦命(やさかのいりひこのみこと)・

淳名城入姫命(ぬなきのいりひめのみこと)・十市瓊入姫命(とほちにいりひめのみこと)を生みました。

この年は、太歳甲申でした。

三年秋九月、遷都於磯城、是謂瑞籬宮。

三年秋九月、磯城に遷都し、これを瑞籬宮(みづかきのみや)と言いました。

四年冬十月庚申朔壬午、詔曰「惟我皇祖・諸天皇等、光臨宸極者、豈爲一身乎。蓋所以司牧・

人神、經綸天下。故能世闡玄功、時流至德。今朕奉承大運、愛育黎元、何當聿遵皇祖之跡、

永保無窮之祚。其群卿百僚、竭爾忠貞、共安天下、不亦可乎。」

四年冬十月二十三日、詔で言いました

　「我が皇祖・諸天皇らを思うに、皇位にお出でになるのは、決して

自分ひとりのものではない。

考えてみると司牧・人神により、国家を治めととのえる。

　　　司牧・・・民を養い治めること。また、その人。地方長官の称

故にうまく世を一つ一つ開き、時は至德に流れる。

　　　玄功・・・物事を、ある基準で区分けしたときの一つ一つ

　　　至德・・・この上なく立派な徳のこと

今朕は大きな運を承り奉り、人民をかわいがり育て、いかに皇祖の跡を

述べしたがうのだろう、永く王朝の統治を果てしなく保とう。

その群卿百僚は、その忠義と貞節をつくし、共に天下を安定し、やはり

よいではないか。」

　　　群卿・・・朝廷に仕える大臣（おおおみ）、大連（おおむらじ）などの高位の公達

　　　百僚・・・その他一般の官吏

五年、國内多疾疫、民有死亡者、且大半矣。

五年、国内に多くの疫病で、死亡した民が、半分以上です。

六年、百姓流離、或有背叛、其勢難以德治之。是以、晨興夕惕、請罪神祇。先是、天照大神・

倭大國魂二神、並祭於天皇大殿之内。然畏其神勢、共住不安。故、以天照大神、託豐鍬入姫命、

祭於倭笠縫邑、仍立磯堅城神籬。神籬、此云比莽呂岐。亦以日本大國魂神、

託渟名城入姫命令祭、然渟名城入姫、髮落體痩而不能祭。

六年、百姓はあても無く彷徨い、或いは背く者がいて、その勢いは

徳を治めるのが難しかったのでした。

　　　百姓・・・一般の人民。公民。貴族、官人、および、部民、奴婢を除いた一般の人

これをもって、夜明けにおきて夕までに慎み、天地の神々に罪を受けました。

この先、天照大神・倭大國魂(やまとおほくにたまのかみ)の二神が、天皇の大殿の内に

並び祭りました。

しかしその神の勢いに畏れて、共に住むのが不安でした。

故に天照大神をもって、豊鍬入姫命(とよすきいりひめ)に託し、於倭(やまと)の

笠縫邑(かさぬひのむら)に祭り、なお磯堅城(しかたき)の神籬(ひもろき)を立てました。

　　　神籬・・・神道において神社や神棚以外の場所で祭祀を行う場合、臨時に神を

　　　　　　　　　迎えるための依り代となるもの

神籬、これ比莽呂岐(ひもろき)といいます。

また日本大國魂神をもって、渟名城入姫命(ぬなきいりひめ)に託して祭りを命令し、

しかし渟名城入姫は、髪が落ちてからだが痩せて祭ることが

できませんでした。

七年春二月丁丑朔辛卯、詔曰「昔我皇祖、大啓鴻基。其後、聖業逾高、王風轉盛。

不意今當朕世數有災害、恐朝無善政、取咎於神祇耶、蓋命神龜以極致災之所由也。」於是、

天皇乃幸于神淺茅原、而會八十萬神、以卜問之。是時、神明憑倭迹々日百襲姫命曰「天皇、

何憂國之不治也。若能敬祭我者、必當自平矣。」天皇問曰「教如此者誰神也。」答曰

「我是倭國域内所居神、名爲大物主神。」

七年春二月十五日、詔で言いました

　「昔我が皇祖は、おおいに大きな事業の基礎を教え導いた。その後、

天子の行う事業はますます高く、王の風格がますます盛んになった。

不意に今朕の世にいくつかの災いがあり、天子の治めている世に

よい政治が無いことを恐れ、天地の神々に咎を取らせるのか、思うに

神龜に命じ災いの由縁をつきつめる。」

　　　神龜・・・めでたいことが起こるしるしといわれる不思議な亀。霊亀。

ここにおいて、天皇はすなわち神淺茅原(かむあさちはら)に行幸し、そして

八十萬神に会い、占いこれを問いました。

この時、神明憑倭迹々日百襲姫命(かみやまとととひももそひめ)が言いました

　　　神明憑倭迹々日百襲姫命・・・孝霊天皇の娘

　「天皇、どれほど国の不治を憂うのか。もし我を敬い祭れるのならば、

必ず自ずから平定するだろう。」

天皇が問いて言いました

　「このように教える者は誰の神か。」

答えて言いました

　「我この倭國の域内にいる神、名は大物主神(おほものぬしのかみ)です。」

時、得神語隨教祭祀、然猶於事無驗。天皇、乃沐浴齋戒、潔淨殿内而祈之曰「朕、

禮神尚未盡耶、何不享之甚也。冀亦夢裏教之、以畢神恩。」是夜夢、有一貴人、對立殿戸、

自稱大物主神曰「天皇、勿復爲愁。國之不治、是吾意也。若以吾兒大田々根子令祭吾者、則立平矣。亦有海外之國、自當歸伏。」

時に、神のことばを得て教えに従い神を祭り、しかし猶も事に効果が

ありませんでした。

天皇は、そこで沐浴齋戒をして、殿内を汚れなく清めて祈って言いました

　「朕は、神に敬意をはらい尚未だにし尽さないのか、

　　　沐浴齋戒・・・飲食や行動を慎み、からだを洗って心身のけがれを取ること

いかに叶わないことが甚だしい。こいねがうのは亦夢の中でこれを教え、

神の恵みをおえること。」

この夜の夢で、ある身分が高い人がいて、殿戸に立って向かい合い、

自ら大物主神と呼んで言いました

　「天皇、再び思いなやんではいけない。国の不治は、これ吾の考えだ。

もし吾子の大田々根子(おほたたねこ)に我を祭らせると、平定に定まるだろう。

また海外に国があり、自ずから支配下に入るだろう。」

秋八月癸卯朔己酉、倭迹速神淺茅原目妙姫・穗積臣遠祖大水口宿禰・伊勢麻績君、

三人共同夢而奏言「昨夜夢之、有一貴人誨曰『以大田々根子命爲祭大物主大神之主、

亦以市磯長尾市爲祭倭大國魂神主、必天下太平矣。』」天皇、得夢辭、益歡於心、布告天下、

求大田々根子、即於茅渟縣陶邑得大田々根子而貢之。天皇、即親臨于神淺茅原、

會諸王卿及八十諸部、而問大田々根子曰「汝其誰子。」對曰「父曰大物主大神、母曰活玉依媛。

陶津耳之女。」亦云「奇日方天日方武茅渟祇之女也。」天皇曰「朕當榮樂。」

乃卜使物部連?伊香色雄爲神班物者、吉之。又卜便祭他神、不吉。

秋八月七日、倭迹速神浅茅原目妙姫(やまととはやかむあさちはらまくはしひめ)・

穂積臣(ほづみのおみ)の遠い祖先の大水口宿祢(おほみくちのすくね)・

伊勢麻績君(いせのをみのきみ)、三人共に同じ夢を見て申し上げて言いました

　「昨夜夢を見て、ある身分が高い人がいて丁寧に教え諭して言いました

『大田々根子命(おほたたねこのみこと)を大物主大神を祭る主として、また

市磯長尾市(いちそのながをち)を倭大国魂神(やまとのおおくにたまのかみ)を祭る主とすれば

必ず天下は太平になる。』」

天皇は、夢の言葉を得て、益々心が歓び、天下に広く告げ知らせ、

大田々根子を求め、すぐに茅渟県(ちぬのあがた)の陶邑(すえのむら)で大田々根子を

得てこれを推挙しました。

天皇は、すぐにみずから神淺茅原(かむあさじはら)に出向いて、王と公卿及び

八十諸部を集め、そして大田々根子に問いて言いました

　「汝はそれ誰の子だ。」

答えて言いました

　「父は大物主大神といい、母は活玉依媛(いくたまよりひめ)と言う。

陶津耳(すえつみみ)の娘だ。」

また言いました。

　「奇日方天日方武茅渟祇(くしひかたあまつひかたたけちぬつみ)の娘だ。」

天皇が言いました

　「朕は栄え楽しむだろう。」

そして物部連の祖先の伊香色雄(いかしこを)を使い神班物者(かむものあかつひと)を占うと、

これは吉でした。

　　　神班物者・・・神にささげる物をわかつ人

また他神を祭ることを占うと、不吉でした。

十一月丁卯朔己卯、命伊香色雄而以物部八十平瓮作祭神之物。

即以大田々根子爲祭大物主大神之主、又以長尾市爲祭倭大國魂神之主。然後、卜祭他神、

吉焉。便別祭八十萬群神。仍定天社・國社及神地・神戸。於是、疫病始息、國内漸謐、五穀既成、

百姓饒之。

十一月十三日、伊香色雄に命じて物部は八十平瓮に祭神の物を作りました。

　　　八十平瓮・・・神事に使われる多数の平皿

そして大田々根子をもって大物主大神を祭る主として、また長尾市をもって

大國魂神を祭る主としました。

しかる後、他神を祭ることを占うと、吉でした。

すなわち八十萬の神々を別け祭りました。

なお天社(あまつやしろ)・国社(くにつやしろ)および神地(かむところ)・神戸(かむべ)を定めました。

　　　天社・・・天神 (あまつかみ) を祀る神社

　　　国社・・・国つ神を祭った神社

　　　神地・・・神の鎮座する土地。神社、宗廟、山陵などの所在地や神社の境内などをいう

　　　神戸・・・神社に属して、租・庸・調や雑役を神社に納めた民戸

ここにおいて、疫病が消え始め、国内が安らかにすすみ、五穀が既に

出来上がり、一般庶民が豊かになりました。

八年夏四月庚子朔乙卯、以高橋邑人活日、爲大神之掌酒。掌酒、此云佐介弭苔。

冬十二月丙申朔乙卯、天皇、以大田々根子令祭大神。是日、活日、自舉神酒、獻天皇。

仍歌之曰、

八年夏四月十六日、高橋邑(たかはしのむら)の人の活日(いくひ)を、

大神の掌酒(さかひと)としました。

　　　掌酒・・・神に供える酒の醸造をする人

掌酒、これを佐介弭苔と言います。

冬十二月二十日、天皇は、大田々根子に大神の祭りを命じました。

この日、活日は、自ら神酒をあげて、天皇に献じました。

そして歌って曰く

許能瀰枳破　和餓瀰枳那羅孺　椰磨等那殊　於朋望能農之能　介瀰之瀰枳　伊句臂佐　

伊久臂佐

許能瀰枳破(このみきは)　和餓瀰枳那羅孺(わがみきならず)　椰磨等那殊(やまとなす)　

於朋望能農之能(おほものぬしの)　介瀰之瀰枳(かみしみき)　伊句臂佐(いくひさ)　

伊久臂佐(いくひさ)

《この御酒は我が御酒ならず日本成す大物主の醸みし御酒幾久幾久》

この御酒は私の御酒ではない　日本を成した大物主が醸した御酒だ　いつまでも永遠に栄えよ　

いつまでも永遠に栄えよ

如此歌之、宴于神宮。即宴竟之、諸大夫等歌之曰、

このように歌い、神宮で宴をしました。

そして宴を終えて、諸大夫らが歌って言いました、

　　　諸大夫・・・四位または五位の位階を授けられた者の総称

宇磨佐開　瀰和能等能々　阿佐妬珥毛　伊弟

由介那　瀰和能等能渡塢

宇磨佐開(うまさけ)　瀰和能等能々(みわのとのの)　阿佐妬珥毛(あさとにも)

伊弟

由介那(いでてゆかな)　瀰和能等能渡塢(みわのとのとを)

《味酒　三輪の殿の　朝戸にも　出でて行かな　三輪の殿戸を》

味酒　三輪の殿の朝開ける戸から　出て行こう　三輪の殿戸から

於茲、天皇歌之曰、

ここにおいて、天皇が歌って言いました、

宇磨佐階　瀰和能等能々　阿佐妬珥毛　於辭寐羅箇禰　瀰和能等能渡烏

宇磨佐階(うまさけ)　瀰和能等能々(みわのとのの)　阿佐妬珥毛(あさとにも)

於辭寐羅箇禰(おしびらかね)　瀰和能等能渡烏(みわのとのとを)

《味酒　三輪の殿の　朝戸にも　推し開かね　三輪の殿戸を》

味酒　三輪の殿の朝開ける戸から　押し開いてください　三輪の殿戸から

即開神宮門而幸行之。所謂大田々根子、今三輪君等之始祖也。

そして神宮の門を開いて天皇は行かれました。

いわゆる大田々根子は、今の三輪君(みわのきみ)らの始祖です。

九年春三月甲子朔戊寅、天皇、夢有神人誨之曰「以赤盾八枚・赤矛八竿、祠墨坂神。

亦以黑盾八枚・黑矛八竿、祠大坂神。」四月甲午朔己酉、依夢之教、祭墨坂神・大坂神。

九年春三月十五日、天皇は、夢で神人がいて教え諭して言いました

　「赤盾を八枚・赤矛を八竿持って、墨坂(すみさか)の神を祀れ。また黒盾を八枚・

黒矛を八竿持って、大坂(おほさか)の神を祀れ。」

四月十六日、夢の教えにより、墨坂神・大坂神を祀りました。

十年秋七月丙戌朔己酉、詔群卿曰「導民之本、在於教化也。今既禮神祇、災害皆耗。

然遠荒人等、猶不受正朔、是未習王化耳。其選群卿、遣于四方、令知朕憲。」九月丙戌朔甲午、

以大彦命遣北陸、武渟川別遣東海、吉備津?遣西道、丹波道主命遣丹波。因以詔之曰

「若有不受教者、乃舉兵伐之。」既而共授印綬爲將軍。壬子、大彦命、到於和珥坂上、時有少女、

歌之曰、一云、大彦命到山背平坂、時道側有童女歌之曰、

十年秋七月二十四日、多くの公卿に勅で言いました

　「民を導く根本は、善行により人々を安寧に導くことだ。今にも神祇を敬い、

災害は皆減らす。しかし遠く離れている人たちは、猶も天子の統治を

受けておらず、これは未だに君主の政治を習ってないのみ。その多くの

公卿を選び、四方に遣わし、朕の憲を知らせることを命ずる。」

九月九日、大彦命(おほひこのみこと)に北陸(くぬがのみち)に遣わし、

武渟川別(たけぬなかはわけ)を東海(うみつみち)に遣わし、吉備津彦(きびつひこ)を

西道(にしのみち)に遣わし、丹波道主命(たにはのみちぬしのにこと)を丹波(たにはのみち)に

遣わしました。

そして詔で言いました

　「もし教えを受けないものがあれば、すなわち兵を挙げてこれを伐て。」

すでに共に印綬を授けて將軍としました。

　　　印綬・・・官吏がその身分や地位を示すしるしとして天子から賜った、印および

　　　　　　　　　それを下げるための組み紐

二十七日、大彦命は、和珥坂の上に到り、時に少女がいて、

歌って言いました、

　　　少女・・・律令制で、17歳以上、20歳（のち21歳）以下の女子の称

ある書では、大彦命は山背の平坂に到り、時に道の側に童女がいて

歌って言いました、

　　　童女・・・女の子ども。少女。めのわらわ。

瀰磨紀異利寐胡播揶　飫迺餓鳥塢　志齊務苔　農殊末句志羅珥　比賣那素寐殊望

瀰磨紀異利寐胡播揶(みまきいりびこはや)　飫迺餓烏塢(おのがをを)　

志齊務苔(しせむと)　農殊末句志羅珥(ぬすまくしらね)　

比賣那素寐殊望(ひめなそびすも)

《御間城入彦はや　己が命をを　死せむと　窃まく知らね　姫遊びすも》

御間城入彦は　己の命が死ぬと　ひそかに知らず　姫遊びをして

一云

ある書にはこうあります

「於朋耆妬庸利　于介伽卑

　許呂佐務苔　須羅句塢志羅珥　比賣那素寐須望」

「於朋耆妬庸利(おほきとより)　于介伽卑?(うかかひて)　

許呂佐務苔(ころさむと)　須羅句塢志羅珥(すらくをしらね)　

比賣那素寐須望(ひめなそびすも)」

《大き戸より　窺ひて　殺さむと　為らくを知らね　姫遊びすも》

大きな戸から覗いて　殺そうとしていることも知らず　姫遊びをして

於是、大彦命異之、問童女曰「汝言何辭。」對曰「勿言也、唯歌耳。」乃重詠先歌、忽不見矣。

大彦乃還而具以状奏。於是、天皇姑倭迹々日百襲姫命、聰明叡智、能識未然、乃知其歌怪、

言于天皇「是武埴安彦將謀反之表者也。吾聞、武埴安彦之妻吾田媛、密來之、取倭香山土、

裹領巾頭而祈曰『是倭國之物實』乃反之。物實、此云望能志呂。是以、知有事焉。非早圖、

必後之。」

そこで、大彦命はこれが怪しいと思い、童女に問いて言いました

　「汝は何の事を言うのか。」

答えて言いました

　「言ってない、ただ歌ったのみ。」

そして重ねて先ほどの歌を詠み、たちまち見えなくなりました。

大彦はそこで戻って状況をつぶさに申し上げました。

そこで天皇の姑の倭迹々日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)は、かしこく

知恵がすぐれていて、まだそのことが起こらないことをさとり、すなわち

その歌の怪しさを取り、天皇に言いました

　「これ武埴安彦(たけはにやすひこ)が謀反を起こすしるしだ。吾は聞く、武埴安彦の

妻の吾田媛(あたひめ)、密かにここに来て、倭の香山(かぐやま)の土を取り、

領巾(ひれ)で頭をつつみ、祈って言った『これは倭の国の物のもとになるものだ』

そしてかえった。

　　　領巾・・・古代、首から肩に掛けて左右へ長く垂らした装飾用の白い布

物実、これを望能志呂(ものしろ)といいます。

このことから、事あることを知った。早く図らないと、必ずこれに遅れる。」

於是、更留諸將軍而議之。未幾時、武埴安彦與妻吾田媛、謀反逆、興師忽至、各分道、

而夫從山背、婦從大坂、共入欲襲帝京。時天皇、遣五十狹芹彦命、撃吾田媛之師、即遮於大坂、

皆大破之、殺吾田媛、悉斬其軍卒。復遣大彦與和珥臣遠祖彦國葺、向山背、撃埴安彦。

爰以忌瓮、鎭坐於和珥武

坂上。則率精兵、進登那羅山而軍之。時官軍屯聚而

草木、

因以號其山曰那羅山。

、此云布瀰那羅須。更避那羅山而進到輪韓河、與埴安彦、

挾河屯之、各相挑焉、故時人改號其河曰挑河、今謂泉河訛也。

ここにおいて、更に諸將軍を留めて論じ合いました。

未だ幾時に、武埴安彦(たけはにやすひこ)と妻の吾田媛(あたひめ)は、反逆を企て、

軍を起こしてたちまち至り、各々道を分け、夫は山背(やましろ)より、

妻は大坂(おほさか)より、共に入り帝京(みやこ)を襲おうとしました。

　　　幾時・・・はっきりわからない、また、はっきりきまっていない時刻をいう場合に用いる

時に天皇は、五十狭芹彦命(いさせりひこのみこと)を遣い、吾田媛のかしらを撃ち、

すぐに大坂をさえぎり、皆ひどく打ち負かし、吾田媛を殺し、ことごとく

その軍卒を斬りました。

また大彦と和珥臣(わにおみ)の遠い祖先の彦国葺(ひこくにふく)を遣わし、

山背に向かい、埴安彦を撃ちました。

ここに忌瓮を、和珥武

坂上(わにのたけすきさかのへ)に鎭坐させました。

　　　忌瓮・・・神に供えるための神酒を入れる神聖な容器

すなわち精兵を率いて、那羅山(ならのやま)に進んで登り戦いました。

時に官軍は集合させ草木を踏みならし、したがってその山を名付けて

那羅山と言います。

、これを布瀰那羅須(ふみならす)といいます。

さらに那羅山を避けて輪韓河(わからのかは)に進んで到り、埴安彦と、

河を挟んで寄り集まり、各々相挑み、ゆえに時の人はその河の名を改めて

挑河(いどみのかは)と言い、今は泉河(いづみのかは)と訛って言います。

埴安彦、望之、問彦國葺曰「何由矣、汝興師來耶。」對曰「汝逆天無道、欲傾王室。故舉義兵、

欲討汝逆、是天皇之命也。」於是、各爭先射。武埴安彦、先射彦國葺、不得中。後彦國葺、

射埴安彦、中胸而殺焉。其軍衆脅退、則追破於河北、而斬首過半、屍骨多溢、故號其處、

曰羽振苑。亦其卒怖走、屎漏于褌、乃脱甲而逃之、知不得免、叩頭曰「我君。」故時人、

號其脱甲處曰伽和羅、褌屎處曰屎褌、今謂樟葉訛也、又號叩頭之處曰我君。叩頭、此云迺務。

埴安彦は、これを望み、彦国葺(ひこくにふく)に問いて言いました

　「どうして、汝は戦を起こして来たのか。」

答えて言いました

　「汝は天に逆らい人の道に背いていて、王室をあやうくしたい。

故に義兵を挙げて、汝の反逆を討ちたく、これは天皇の仰せだ。」

ここにおいて、各々先に射て争いました。

武埴安彦(たけはにやすひこ)は、先に彦国葺を射ても、当てられませんでした。

後に彦国葺は、埴安彦を射て、胸に当てて殺しました。

その多くの兵士は脅え退き、そして河の北に追い破り、首を斬る事が

半分を越え、屍骨が多く溢れ、故にその所を名付けて、

羽振苑(はふりその)と言います。

またその突然の怖気に走り、屎が褌から漏れ、そして鎧を脱いで逃げ、

逃れられないと知り、頭を地にすりつけておじぎをして言いました

　「我君。」

ゆえに時の人は、その鎧を脱いだ所を名付けて伽和羅(かわら)と言い、

褌に屎した所を屎褌(くそはかま)と言い、今は樟葉(くすは)と訛っていい、

又頭を地にすりつけておじぎをした所を名付けて我君(わき)と言います。

叩頭(のみ)、これを迺務と言います。

是後、倭迹々日百襲姫命、爲大物主神之妻。然其神常晝不見而夜來矣、倭迹々姫命語夫曰

「君常晝不見者、分明不得視其尊顏。願暫留之、明旦仰欲覲美麗之威儀。」大神對曰

「言理灼然。吾明旦入汝櫛笥而居。願無驚吾形。」爰倭迹々姫命、心裏密異之。待明以見櫛笥、

遂有美麗小蛇、其長大如衣紐、則驚之叫啼。時大神有恥、忽化人形、謂其妻曰「汝不忍、

令羞吾。吾還令羞汝。」仍踐大虚、登于御諸山。爰倭迹々姫命、仰見而悔之急居急居、

此云菟岐于、則箸撞陰而薨。乃葬於大市。故時人號其墓謂箸墓也、是墓者、日也人作、

夜也神作、故運大坂山石而造、則自山至于墓、人民相踵、以手遞傳而運焉。時人歌之曰、

この後、倭迹々日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)は、大物主神(おほものぬしのかみ)の

妻になりました。

しかしその神は常に昼間は見えずに夜にやって来て、倭迹々姫命が

夫に語って言いました

　「貴方は常に昼間は見えずに、明らかにそのお顔を見ることができない。

願わくばしばらく留まり、明日の朝うやまい美麗な威儀を視たい。」

　　　威儀・・・立ち居振る舞いに威厳を示す作法

大神が答えて言いました

　「言の理はあきらかだ。吾は明日の朝汝の櫛笥に入いり居る。

　　　櫛笥・・・櫛や化粧の道具を入れておく箱

願わくば吾の姿に驚くな。」

ここにおいて倭迹々姫命は、心のうちに密かにこれを怪しみました。

夜があけるのを待って櫛笥を見ると、ついに美麗な小蛇がいて、

長くて大きいさまは衣紐のようで、そして驚き叫びました。

その時大神は恥て、忽ち人の形に化わり、その妻に言いました

　「汝堪えず、吾を辱めた。吾は還り汝を辱める。」

そして大空をふみ、御諸山(みもろやま)に登りました。

ここに倭迹々姫命は、仰ぎ見てしゃがみこんで悔い、

(急居、これを菟岐于(つきう)と言います)

そして箸で陰(ほと)をつき当てて亡くなりました。

　　　陰・・・女性の陰部

そして大市(おほいち)に葬りました。

故に時の人はその墓を名付けて箸墓(はしのはか)と言い、この墓は、

昼は人が作り、夜は神が作り、わざわざ大坂の山の石を運んで造り、

そして山より墓に至り、人民が次から次へと続き、手逓伝(たごし)で運びました。

　　　逓伝・・・通信や荷物などを人の手から手へ順送りにすること。順送り。

時の人は歌って言いました、

飫朋佐介珥　菟藝廼煩例屡　伊辭務邏塢　多誤辭珥固佐縻　固辭介

務介茂

飫朋佐介珥(おほさかに)　菟藝廼煩例屡(つぎのぼれる)

伊辭務邏塢(いしむらを)　多誤辭珥固佐縻(たごしにこさば)

固辭介務介茂(こしかてむかも)

《大坂に　継ぎ登れる　石群を　手逓伝に越さば　越しかてむかも》

大坂で継ぎ登る石群を　手逓伝で超せば　越せるかも

冬十月乙卯朔、詔群臣曰「今反者悉伏誅、畿内無事。唯海外荒俗、騷動未止。其四道將軍等、

今急發之。」丙子、將軍等共發路。

冬十月一日、多くの臣下に詔で言いました

　「今背いた者は悉く処罰に従わせ、畿内(うちつくに)は無事だ。

　　　畿内・・・天皇が住む都の周辺の地域を指す呼称

ただ海外の荒ぶる人が、騒ぎ立てて秩序が乱れて止まらない。その四道將軍らは、今すぐ出発しろ。」

　　　四道将軍・・・崇神天皇期に、諸国を鎮撫平定するために北陸・東海・西海・丹波の

　　　　　　　　　　　四方面につかわされた四人の将軍

二十二日、将軍らは共に路を発ちました。

十一年夏四月壬子朔己卯、四道將軍、以平戎夷之状奏焉。是歳、異俗多歸。國内安寧。

十一年夏四月二十八日、四道將軍は、戎夷を平定した状況を

申し上げました。

　　　戎夷・・・文化のおくれた民族。夷狄(いてき)。

この年、異なる人の多くが従いました。

国内は穏やかで安定しました。

十二年春三月丁丑朔丁亥、詔「朕初承天位、獲保宗廟、明有所蔽、德不能綏。是以、陰陽謬錯、

寒暑矢序、疫病多起、百姓蒙災。然今解罪改過、敦禮神祇、亦垂教而緩荒俗、舉兵以討不服。

是以、官無廢事、下無逸民、教化流行、衆庶樂業、異俗重譯來、海外既歸化。宜當此時、

更校人民、令知長幼之次第、及課役之先後焉。」秋九月甲辰朔己丑、始校人民、更科調役、

此謂男之弭調・女之手末調也。是以、天神地祇共和享而風雨順時、百穀用成、家給人足、

天下大平矣。故稱謂御肇國天皇也。

十二年春三月十一日、詔をしました

　「朕は初めて天位を承り、宗廟を保てて、明るくても覆い隠す所があり。

德はやすらかになれない。

　　　宗廟(そうべう)・・・先祖を祀る場所、政治を行う場所

これにより、陰陽は間違い、寒暑は物事の順を失い、疫病が多く起き、

庶民は災をこうむりました。しかし今罪を解いて過ちを改め、天地の神々を

敦く敬い、また教えを説き示し、荒ぶる人を緩め、兵を挙げて従わない者を

討つ。これをもって、おおやけに廃れる事は無く、下々に逃れる民はなく、

教化を広め、庶民はなりわいを楽しみ、異なる習わしは重ねて訳して訪れ、

海外は既に国民となった。

　　　教化・・・人を教え導き、また、道徳的、思想的な影響を与えて望ましい方向に進ませること。

宜しくこの時に当たり、さらに人民をしらべ、おとなと子どもの経過してきた

状態、及び租税と夫役のあとさきを知らせなさい。」

秋九月十六日、始めて人民をしらべ、更に調役を科し、これを

男の弭調(ゆみはすのみつき)・女の手末調(たますえのみつき)と言います。

　　　弭調・・・狩猟による獲物を税として貢納させたもの

　　　手末調・・・上代の物納税の一つとして、女子が織った布地・絹布を納めること

これをもって、天神地祇ともに合わせて供えて風雨は時に従い、

百穀の成長に用いて、生活が豊かで満ち足りて、天下がよく治まって

平和です。

故に御肇国天皇(はつくにしろしめすすめらみこと)と讃え呼びました。

十七年秋七月丙午朔、詔曰「船者天下之要用也。今海邊之民、由無船、以甚苦歩運。其令諸國、

俾造船舶。」冬十月、始造船舶。

十七年秋七月、詔で言いました

　「船は天下のどうしても必要なものだ。今海辺の民は、船が無い由、甚だ

持ち運び歩くのが苦しい。それ諸々の国に命じ、船舶を造らせよ。」

冬十月、始めて船舶を造りました。

八年春正月己卯朔戊子、天皇勅豐城命・活目尊曰「汝等二子慈愛共齊、不知曷爲嗣。各宜夢、

朕以夢占之。」二皇子、於是、被命、淨沐而祈寐、各得夢也。會明、兄豐城命、

以夢辭奏于天皇曰「自登御諸山、向東而八廻弄槍・八廻撃刀。」弟活目尊以夢辭奏言

「自登御諸山之嶺、繩

四方、逐食粟雀。」則天皇相夢、謂二子曰「兄則一片向東、當治東國。

弟是悉臨四方、宜繼朕位。」四月戊申朔丙寅、立活目尊、爲皇太子。以豐城命令治東、

是上毛野君・下毛野君之始祖也。

四十八年春正月十日、天皇が豊城命(とよきのみこと)・活目尊(いくめのみこと)に

勅で言いました

　「汝ら二人は慈愛が共に等しく、いかに後を継ぐのかがわからない。

各々が夢により、朕がそれを夢占いする。」

二皇子は、ここにおいて、命令を受けて、洗い清めて祈って寝て、

各々夢を見ました。

明けて会い、兄の豐城命は、夢の言葉を天皇に申し上げました

　「われ御諸山(みもろやま)の嶺を登り、東を向いて八回槍を突き・八回刀を

打ち下ろした。」

弟の活目尊は夢の言葉を申し上げました

　「われ御諸山の嶺を登り、四方に縄を張り、粟を食べる雀を追い払った。」

そして天皇は夢をうらない、二子に言いました

　「兄は即ち一片の東に向かい、東の国を治める。弟はこれ悉く四方を臨み、

朕の位を受け継ぐのが宜しい。」

四月十九日、活目尊を立てて、皇太子としました。

豐城命に東を治めるよう命じ、上毛野君(かみつけのきみ)・下毛野君(しもつけのきみ)の

始祖になりました。

六十年秋七月丙申朔己酉、詔群臣曰「武日照命一云武夷鳥、又云天夷鳥從天將來神寶、

藏于出雲大神宮。是欲見焉。」則遣矢田部造遠祖武諸隅一書云、一名大母隅也而使獻。

當是時、出雲臣之遠祖出雲振根、主于神寶、是往筑紫國而不遇矣。其弟飯入根、則被皇命、

以神寶付弟甘美韓日狹與子

濡渟而貢上。既而出雲振根、從筑紫還來之、聞神寶獻于朝廷、

責其弟飯入根曰「數日當待。何恐之乎、輙許神寶。」是以、既經年月、猶懷恨忿、有殺弟之志、

仍欺弟曰「頃者、於止屋淵多生

。願共行欲見。」則隨兄而往之。先是、兄竊作木刀、形似眞刀。

當時自佩之、弟佩眞刀、共到淵頭、兄謂弟曰「淵水淸冷、願欲共游沐。」弟從兄言、各解佩刀、

置淵邊、沐於水中。乃兄先上陸、取弟眞刀自佩、後弟驚而取兄木刀、共相撃矣、弟不得拔木刀、

兄撃弟飯入根而殺之。故時人歌之曰、

六十年秋七月十四日、群臣に詔で言いました

　「武日照命(たけひなてるのみこと)は(ある伝えでは武夷鳥(たけひなとり)、別の伝えでは

天夷鳥(あまひなとり))天から神宝を持って来て、出雲大神(いずものおおかみ)の宮に

隠した。これを見たい。」

そして矢田部造(やたべのみやつこ)の遠い祖先の武諸隅(たけもろすみ)(ある書には、

ある名は大母隅(おほもすみ)です)を遣わせ使い奉りました。

将にこの時、出雲の臣の遠い祖先の出雲の振根(ふるね)は、神寶をつかさどり、

筑紫國にいったが会いませんでした。

その弟の飯入根(いひいりね)は、すなわち皇命をうけて、神寶を弟の

甘美韓日狭(うましからひさ)子の

濡渟(うかつかね)に任せて献上しました。

もはや出雲の振根は、筑紫について行き還って来て、神寶を朝廷に

献上したと聞き、その弟の飯入根を攻めて言いました

　「数日待つべきだった。何を恐れるか、たやすく神寶を許すとは。」

これをもって、すでに年月を経て、なおも怒り恨みを心にいだき、

弟を殺す志があり、そして弟をだまして言いました

　「この頃は、止屋淵(やむやのふち)に生

(あざさ)が多くある。願わくば共に行って

見たい。」

そして兄に従って行きました。

この先、兄は密かに木刀を作り、形がまことの太刀に似せました。

その時自ら身につけ、弟は真刀を身につけ、共に淵頭(ふちかみ)に到り、

兄が弟に言いました

　「淵の水は清澄で冷たい、願はくは共に水浴びがしたい。」

弟は兄の言葉に従い、各々身に付けた刀を外し、淵のほとりに置き、

水の中に浴しました。

そして兄が先に陸に上がり、弟の眞刀を取って自ら身につけ、後に弟が

驚いて兄の木刀を取り、ともに二人が同時に打ちました、

弟は木刀を抜けず、兄は弟の飯入根を討って殺しました。

故に時の人が歌って言いました、

椰句毛多菟　伊頭毛多鶏流餓　波鶏流多知　菟頭邏佐波磨枳　佐微那辭珥　阿波禮

椰句毛多菟(やくもたつ)　伊頭毛多鶏流餓(いづもたけるが)　

波鶏流多知(はけるたち)　菟頭邏佐波磨枳(つづらさはまき)　

佐微那辭珥(さみなしに)　阿波禮(あはれ)

《八雲立つ　出雲猛が　佩る太刀　蘿多巻き　さ身無しに　あはれ》

八雲に立つヤマトタケルが　身につけている太刀　ツタを多く巻き　刀身が無い　いたましい

於是、甘美韓日狹・

濡渟、參向朝廷、曲奏其状。則遣吉備津彦與武渟河別、以誅出雲振根。

故出雲臣等、畏是事、不祭大神而有間。時、丹波氷上人名氷香戸邊、啓于皇太子活目尊曰

「己子有小兒、而自然言之『玉

鎭石。出雲人祭、眞種之甘美鏡。押羽振、甘美御神、

底寶御寶主。山河之水泳御魂。靜挂甘美御神、底寶御寶主也。

、此云毛。』是非似小兒之言。

若有託言乎。」於是、皇太子奏于天皇。則勅之使祭。

ここにおいて、甘美韓日狭(うましからひさ)・

濡渟(うかつくぬ)は、朝廷に出向き、

その状況を曲げて申し上げました。

そして吉備津彦(きびつひこ)と武渟河別(たけぬなかわけ)を遣わし、出雲の振根(ふるね)を

誅しました。

故に出雲の臣等は、この事を畏れ、大神を祭らずしばらくして。

時に、丹波(たには)の氷上(ひかみ)の人で名を氷香戸辺(ひかとべ)といい、皇太子の

活目尊(いくめのみこと)を申し上げました

　「吾の子は子供で、自然にこれを言った

『玉

鎭石(たまものずしし)。出雲の人が祭る、真種(またね)の甘美鏡(うましかがみ)。

押し羽振(はふ)る、甘美御神(うましみかみ)、底宝御宝主(そこたからみたからぬし)。

山河(やまかは)の水泳(みくくる)御魂(みたま)。静挂(しづかく)甘美(うまし)御神、底宝御宝主。

、これを毛（も）といいます。』

水草の中に沈む鎮石。出雲の人が祭る、まことの立派な御神の鏡。力強く活力を振るう、

立派な御神。底に沈んでいる宝宝の主。山河の水に泳ぐ御魂。静かに掛かる立派な御神、

底に沈んでいる宝宝の主。

これは子供の言葉ではない。もしくは神仏のお告げの言葉なのか。」

ここにおいて、皇太子は天皇に申し上げました。

そして勅で祭らせました。

六十二年秋七月乙卯朔丙辰、詔曰「農、天下之大本也、民所恃以生也。今河内狹山埴田水少、

是以、其國百姓怠於農於農事。其多開池溝、以寛民業。」冬十月、造依網池。十一月、作苅坂池・

反折池。一云、天皇居桑間宮、造是三池也。

六十二年秋七月二日、詔で言いました

　「土地を耕して作物を作ることは、天下の根本だ、民にたのむ所に

芽を出す。今河内の狹山の埴田は水が少なく、ここをもって、その国の百姓は

農事を怠る。その多さに灌漑用の貯水池や水路を開き、よって民の業に

ゆとりがある。」

冬十月、依網池(よさみいけ)を造る。

十一月、苅坂池(かりさかいけ)、反折池(さかをりいけ)を作る。

ある伝えでは、天皇が桑間(くはま)の宮に居て、ここに三池を造ったとあります。

六十五年秋七月、任那國、遣蘇那曷叱知、令朝貢也。任那者、去筑紫國二千餘里、

北阻海以在鶏林之西南。

六十五年秋七月、任那国(みまなのくに)が、蘇那曷叱知(そなかしち)を遣わし、

朝貢しました。

任那は、筑紫國より二千余里、北が海に阻まれて鶏林の西南にありました。

　　　鶏林・・・新羅の異称。転じて、朝鮮の異称。

天皇、踐祚六十八年冬十二月戊申朔壬子、崩、時年百廿歳。明年秋八月甲辰朔甲寅、

葬于山邊道上陵。

天皇は、踐祚六十八年冬十二月五日、崩御し、百二十歳でした。

明年秋八月十一日、山辺道上陵(やまのへのみちのへのみささき)に葬りました。